第13章 昼間の幽霊

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ペリーとレリースがセブンスデー・アドベンチスト教会セダウ診療所で働き始めてから、およそ一か月が経っていました。診療所にやってくる患者は、1日にせいぜい2〜3人ほど。患者を待つ日々は非常に退屈でした。彼らは毎日、患者が来てくれるようにと祈っていましたが、なかなか状況は変わりませんでした。ペリーとレリースはすっかり気落ちし、「早くバンドンに帰りたい」という強い思いが湧いていました。

ある日、そんな失望の只中で、ペリーは診療所の前で道路に面して座りながら、患者が来ることを期待していました。そのとき、診療所の向かいにある一軒の家に、多くの人が出入りしているのを目にしました。ペリーはその家で何が起こっているのか知りませんでしたが、様子を見に行こうとは思わなかったのです。

ぼんやりと考えごとをしていると、ペリーは一人の青年が診療所にやって来たことに気づきませんでした。その青年が近づくと、ペリーは彼に先に尋ねた──「あの家では何があったんですか?」青年は自分がその家の息子であり、これまで西カリマンタン州の州都ポンティアナックでトラック助手として働いていたことを説明しました。セダウからポンティアナックまではおよそ120kmの距離があるといいます。彼は、父親が「昼間の幽霊」と呼ばれる病気にかかってしまったと語りました。

それを聞いたペリーは、「家のすぐ近くに診療所があるのに、なぜお父さんを診せなかったの?」と尋ねました。すると彼は、「今朝からすでに3人の呪術師(ドゥクン)が家に来ている」と言いました。ペリーは「じゃあ、その呪術師たちはその幽霊を追い払わないの?」と問うました。青年は、「たぶん、彼らはまだその幽霊を追い払うことができないのです」と答えました。ペリーはさらに、「その呪術師たちが幽霊を追い出せないのは、どうしてなんですか?」と聞きました。

問い詰められた青年は、「ペリーさんはその幽霊を追い出せますか?」と逆に尋ねてきました。ペリーは「どうして人間が幽霊に負けなきゃならないんだ?」と言い、そして「じゃあ僕がその幽霊を追い払ってみせよう」と青年に言りました。ペリーは、まず青年に一度家に戻ってもらい、自分は診療所の中に入り、心を込めて祈りを捧げました。先ほどの高慢な発言を神に詫び、これからは自分ではなく、神の力が試されるのだと祈りました。

その後ペリーは医療カバンを持ち、家へと向かったのです。周囲の人々の視線がペリーに集中する中、先ほどの青年が家の入口で出迎え、父親の寝ているところまで案内しました。

家に入ると、ペリーは訪問の許可を求め、青年に依頼されて来たことを説明しました。家族たちは診てもらうことに同意しました。ペリーは病人に、どのような症状があるのか、いつからどんな具合なのかを尋ねました。男性は答えた──二日前の早朝、寒気と全身の痛み、そして頭痛に襲われました。数時間後には熱が出て汗をかき、食欲も全くなかったのです。同じ症状がここ3日間、毎朝続いているといいます。

ペリーは、腹部・肺・心音を診察し、舌の状態も確認しました。さらに尿の色を確認したところ、まるで紅茶のような色をしていました。それを見て、ペリーはこの患者が急性マラリアにかかっていると確信しました。そしてすぐにクロロキン注射を施すことを決めました。

注射の前に、ペリーは周囲の人々に向かって注射器を手に持ち、「皆さん、このお薬をこの方に投与する前に、ちょっと“読み上げ”(この地域ではおまじないのこと)をさせてくださいのです。だから、私が終わるまで、どうかお静かにお願いします」と言いました。すると、家の中にいた全員がそれに同意しました。ペリーは、診療所や病院でおまじない(読み上げ)をしないという理由で、診察を受けない人が多いと以前から聞いていました。

誰にも理解されないように、ペリーはあえてトバ・バタック語で祈りました。というのも、呪術師も一般に理解できない言語で呪文を唱えるため、ペリーも同様にしたのです。祈りの中で、ペリーは神に力を示してくださるよう真剣に願りました。ここで戦っているのは自分ではなく、闇の力と対峙している神であると。今日の勝負が、この地での神の働きの行方を左右すると信じていました。「アーメン」と言うと同時に、ペリーは注射を打ち、クロロキンの錠剤と頭痛薬も与えました。

その後、ペリーは息子である青年に、家の中の皆に聞こえるようなはっきりとした声でこう言りました。「あと1~2時間もすれば、お父さんは汗をかき始め、のどが渇いて飲み物を求め、そして食べたくなります。そうなったら、彼は座って皆さんと会話できるようになるでしょう。」

そしてもしそれ以外のことが起きたらすぐに自分のもとへ連絡するようにと伝えました。ペリーは診療所を指さし、「私はこの前の診療所にいます」と言いました。そして、「もしすべてが私の言った通りになったら、明日の朝、患者さんを診療所に連れてきてください」と話し、その場を後にしました。

約2時間後、その青年が再び診療所を訪れ、「父が座って食事をし、呪術師たちや他の人たちと話をしている」と報告してきました。ペリーは「明日、父親を診療所に連れてくるように」と伝えました。翌日、父親は自分の足で歩いて診療所を訪れ、数人の人が付き添っていました。ペリーはあと4日分の薬を処方し、間もなくしてその患者は急性マラリアから回復しました。

この出来事をきっかけに、マレー系の人々が多数診療所に訪れるようになりました。地域にはマレー人が多く、彼らの多くは漁業に従事して海辺に住んでいました。他には、農業や商売を営む華人、特定の村落に住むマドゥラ人(主に農業)、そして内陸の森林地帯に住むダヤク人などがいました。

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