第14章 逆子の出産
次に起こった特別な体験は、ある赤ちゃんの出産を手助けしたときの出来事である。ある日、午後5時半ごろ、ペリーは妻レリースと二人で診療所での一日を終え、家の縁側でくつろいでいた。その日は患者も数人しかおらず、肉体的には疲れていなかったが、何となく何もすることがなく、気持ちがどこか空虚だった。
その夕方、突然3人の男性が自転車に乗って彼らの家の敷地に入ってきて、ペリーたちに声をかけた。事情を聞くと、彼らの村、ボ・マ・コン村の家で出産の問題が起きているという。話を聞くと、その日の午前3時ごろから出産が始まったが、まだ赤ちゃんが完全に生まれていないという。出産は村の女性たちによって手伝われ、助産師の手は借りていないとのことだった。ペリーはその時腕時計を見ると、既に午後5時30分を過ぎていた。
この話を聞いて、ペリーの心には様々な思いがよぎった。まず、ボ・マ・コン村がどこにあるのか、どれほど遠いのかも知らなかった。また、この出産は簡単なものではなく、もしかすると手術(帝王切開)が必要な症例かもしれなかった。訪ねてきた3人は、特徴的な黒い服装に腰に短剣(クリス)を差しており、口調からしてマドゥラ族であることが伺えた。
その瞬間、ペリーは数年前、バンドンのアドベンチスト病院の看護学校で学んでいたときに読んだ、ペラワット誌(看護雑誌)の記事を思い出した。そこには、ヨグヤカルタのある助産師が出産中に母親を死なせてしまい、その夫に刺されて命を落としたという記事だった。ペリーは、自分も同じような運命を辿るのではないかという不安に駆られた。ペリーは助産師ではなく、診療所にも助産用の器具はなかった。たしかに助産学は一学期履修しており、実習では60例の正常分娩を医師や助産師なしで介助した経験があったが、それはすべて正常分娩のケースであった。
しかし、この患者を助けない理由はなかった。ペリーは葛藤した。命の危険を感じながらも、職業的倫理と宣教の使命から、このケースに関わらずにはいられなかった。患者を病院へ運ぶこともできなかった。距離もあり、交通手段もない。加えて、その地域の病院にも外科医はいなかった。そうした背景から、ペリーはこの患者を助けることに決め、「少し準備するので待ってください」と伝えた。
ペリーはレリースと共に部屋に入り、神に力を求めて真剣に祈った。そして薬バッグを持ち、彼らとともに自転車で出発した。道中、ペリーの頭には不安が渦巻いていた。彼は心の中で何度も神に助けを祈った。村までの道にはほとんど家がなく、夕暮れが迫る中、ようやくボ・マ・コン村に着いた。家々が向かい合って建ち並ぶ村の中で、人々が家の前に集まっていた。
ペリーは人々に導かれて一軒の家に入った。中はすでに多くの女性でいっぱいだった。ペリーはまず家の中を空けてもらい、患者の夫だけを付き添いに残すよう頼んだ。また、必要に備えてお湯を準備するよう指示した。
部屋には患者の夫しかいなかったが、窓越しに多くの村人が家を取り囲んでいるのが見えた。万一何かが起きても窓から逃げ出すことはできないと感じた。村の地理も分からず、しかも暗くなりつつあった。彼の唯一の頼みは神だけだった。
患者を診ると、すでに意識が低下しており、呼びかけて体を揺すれば反応する程度だった。すでに赤ちゃんの片腕が外に出ており、乾燥してシワがよっていた。出血も多く、状況は極めて危険だった。
ペリーは作業をしながらずっと神に祈り続けた。彼は周囲に悟られないようバタック語で祈りをささげた。その祈りは整った形式ではなく、友人に語りかけるような祈りであった。
ペリーは必死に考えた。選択肢は一つ、赤ちゃんの体勢を回転させて頭を下に向けることだった。だがこれは極めて困難かつ危険な処置だった。まず、赤ちゃんを180度回転させなければならない。次に、外に出た腕を戻さなければならない。そしてこの処置には大量出血と疲労という重大なリスクがあった。
感染症のリスクがあっても、抗生物質で対応できるかもしれない。しかし、今は母体の命が危機にさらされていた。進むも地獄、退くも地獄のような状況だった。輸血も点滴も行えない。診療所にはその設備もなかった。
ペリーは覚悟を決め、リスクを承知で、赤ちゃんの腕を戻し、体勢を正常に戻す処置を始めた。力を振り絞って、祈りながら彼はそれをやり遂げた。そして、赤ちゃんは無事に生まれた。男の子だった。
しかし、生まれた赤ちゃんはすぐには呼吸せず泣きもしなかった。ペリーは口と鼻から粘液を取り除こうとしたが、吸引器がなかった。そこで自分の口で赤ちゃんの口と鼻から粘液や血を吸い出して吐き出した。しばらくして赤ちゃんは大声で泣き始めた。それは彼が生き延びるという証だった。ペリーは赤ちゃんを古いサロンの布の上に寝かせた。
次にペリーは母親に目を向けた。彼女は極度に疲弊していた。ペリーは胎盤を取り出し、子宮をマッサージして出血を止めた。その後、母親の反応はますます薄れていった。ペリーは彼女の体を揺すり、大きな声で呼びかけた。
その時が最も緊迫した瞬間だった。もし赤ちゃんが死んでも大事にはならないかもしれないが、母親が死ねば状況は一変する。ペリーは「自分の体に短剣が突き刺さるのではないか」とさえ思った。家の照明はストロームランプだけ、言葉も通じない、通訳できる者も限られていた。
時間をかけて呼びかけ続けるうちに、母親がようやく反応を見せ始めた。心音は聴診器で確認できた。まだ生きている。ペリーは希望を捨てなかった。薬をむやみに投与すれば、死因として疑われる恐れもあるため、慎重であった。
ペリーは夫に、濃い目の温かいコーヒーを用意させた。そしてそれを母親に慎重に飲ませた。やがて彼女は少しずつ意識を取り戻し、わずかに言葉を交わせるようになった。ペリーは赤ちゃんを彼女の腕に渡し、彼女は何も言わずに赤ちゃんを見つめ、幸せそうだった。
ペリーは必要な薬を渡し、今後数日間の服薬指示と、何か異常があれば診療所に来るようにと説明した。
すべてを終えたペリーは医療バッグをまとめ、家の入り口へ向かった。その家は高床式で、はしごを使って出入りする構造だった。ペリーが外に出ると、家の前には多くの人々が集まっていた。その瞬間、彼は自分の服が全身ずぶ濡れで、しぼれば汗が流れ出るほどだったことに気づいた。そして口に違和感を覚え、触ってみると、赤ちゃんの口と鼻を吸ったときの血や汚れが付着していた。
ペリーは人々に母子ともに無事であることを告げ、健康や病気で困っている人がいれば、遠慮なくセダウのアドベンチスト診療所に来てほしいと伝えた。そして帰る準備をした。
彼は自分の自転車を探したが見つからず、人々は牛車に自転車を乗せたので、牛車で送るつもりだと説明した。しかしペリーは、セダウの人々に見られるのが恥ずかしく、牛車には乗りたくなかった。
人々は「一人で帰すのは申し訳ない」と言い、ペリーも「確かに夜道を一人で帰るのは怖い」と思い、結局4人の男性が自転車で彼を護衛して送ることになった。
その出来事以来、ボ・マ・コン村のマドゥラ族の人々は、アドベンチスト診療所の患者になった。特に、ボ・マ・コン村のマドゥラ族の長老はペリーに対し、「私たちマドゥラ族は皆、善良な人間たちです」と保証してくれた。万が一、マドゥラ族の誰かが彼らに対して失礼なことをしたら、自分に報告してくれれば対処するとまで言ってくれた。
本当に、神の御業は素晴らしい。この出来事はセダウのアドベンチスト診療所の患者数増加に好影響を与えた。そして何よりも、ペリーと妻レリースにとって神の導きと守りを実感する出来事であり、信仰と専門家としての成熟を深めるものとなった。